大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和58年(行ウ)143号 判決

原告 関本淑子 外一名

被告 東京都中央区建築主事 東京都中央区建築審査会

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告東京都中央区建築主事が、紀州鉄道株式会社の申請に基づき昭和五六年一〇月一三日付け第二五九号をもつてなした、別紙物件目録(二)記載の共同住宅の共用部分及び専有部分についての共同住宅からホテルへの用途変更確認処分を取り消す。

2  被告東京都中央区建築審査会が昭和五八年七月一八日付け第一号をもつてなした原告らの審査請求を却下する旨の裁決を取り消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告両名)

(本案前の答弁)

主文同旨。

(本案の答弁)

1 原告らの各請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(原告らの区分所有権)

(一)  原告関本淑子及び吉中龍治は、別紙物件目録(一)記載の共同住宅(以下「本件建物」という。)の分譲開始当時、その所有者であつた川鉄物産株式会社からそれぞれ原告関本が七〇九号室を、吉中が六〇五号室を所定の代金で買い受けた。

(二)  右吉中龍治は、後記4(一)記載の審査請求をした後死亡し、原告吉中ミヨはその相続人である。

2(建築確認処分における本件建物の用途)

本件建物は、昭和五三年第三九二号をもつてなされた共同住宅を用途とする建築確認処分に基づき建築されたものである。

3(用途変更確認処分)

(一)  紀州鉄道株式会社(以下「訴外会社」という。)は、昭和五六年九月八日被告東京都中央区建築主事(以下「被告建築主事」という。)に対し、別紙物件目録(二)記載の共用部分と専有部分(以下「本件係争部分」という。)につきその用途を前記共同住宅からホテルへと変更する(以下「本件用途変更」という。)工事の確認申請をした(建築基準法八七条、六条)。

(二)  被告建築主事は、右申請に対し同年一〇月一三日付で請求の趣旨1記載の用途変更確認処分(以下「本件処分」という。)をなした。

4(裁決)

(一)  原告関本及び吉中龍治は、本件処分を知つた日から六〇日以内の日である昭和五七年四月一七日東京都建築審査会に建築基準法九四条に基づき本件処分について審査請求した。

(二)  被告東京都中央区建築審査会は、昭和五八年七月一八日右審査請求を却下する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

5(本件処分に対する不服の範囲)

(一)  建物の区分所有等に関する法律及び管理規約の関係

右法律(以下「建物区分所有法」という。)及びこれに基づく管理規約によつて、本件建物の共用部分の用途変更には他の区分所有者全員の承諾が必要である(管理規約によつて、本件建物の用途を共同住宅以外に変更することは禁止されている。)。

(二)  建築基準法九三条、消防法一七条等の関係

本件処分に日本橋消防署長が同意(建築基準法九三条一項本文)するには、屋内消火栓の非常電源及び非常誘導灯の設置が訴外会社の用途変更工事確認申請に盛り込まれていることが必要である。

(三)  建築基準法施行令一二六条の四の関係

右によれば、「ホテルの用途に供する建物の居室、廊下、階段には、非常用照明設備を設けなければならない。」が、その趣旨は、本件建物の地下一階の洗濯室、一階の管理事務室、食堂及び喫茶室等にも及ぶものと解される。

(四)  建築基準法施行規則一条の関係

本件用途変更申請には右に定める図面の添付が必要である。

(五)  旅館業法三条の関係

本件処分をするには、同条二項、同法施行令一条一項六号により、深夜使用可能な洋式浴場設備が必要である。また、学校長の同意が要件となる(同法三条四項)。

6(本件裁決に対する不服の範囲)

(一)  手続き関係

東京都建築審査会に対する審査請求であるのに、被告東京都中央区建築審査会が本件裁決をし、かつ、全く口頭審理を行つていない。

(二)  原告らの法律上の利益

本件処分に係る用途変更工事が完成したとしても、前記5の各関係法規に適合したホテル営業でない限り、原告らに審査請求をする法律上の利益がある。

7 よつて、請求の趣旨のとおり、本件処分及び本件裁決の各取消を求める。

二  被告らの本案前の主張

1  訴えの利益の欠缺

(一)(1) 本件処分は、本件建物の一部である別紙物件目録(二)(2)の計一三戸の用途を共同住宅からホテルに変更するための確認申請に基づくものであるところ、このために建築基準法上必要とされる工事は、右一三の宿泊室について各一個の非常用照明を設置することである。

(2) ところで、本件処分は、本件建物の一部の用途を前記のように変更することにつき、右法令の規定に適合するとの公権的判断をなすものであり、その効果は、これによつて計画した建築物の用途変更にあたつて必要とされる工事を訴外会社において適法に施工することができるということに尽きるものである。したがつて、原告らに本件処分の取消しを求める法律上の利益が存在するのは、訴外会社が適法に工事を施工しうるという本件処分の効果を排除し、右工事の施工ないし完成を阻止することが可能な限りにおいてである。

(3) しかし、訴外会社は、前記用途変更に際して必要とされる右(1)の工事を昭和五六年一〇月二八日までに完了した。

(4) したがつて、原告らには本件処分の取消しを求める法律上の利益はない。

(二) 右のとおり原告らに本件処分について取消訴訟を提起する法律上の利益がない以上、本件裁決の取消しを求める法律上の利益もない。

2  原告適格の欠缺

本件処分に伴う工事である前記1(一)(1)の非常用照明設備は、火災等の非常時における避難、防火活動を容易にするための設備であるから、本件建物にそれが追加されたことによつて建築物の安全性は従前に比べ増加している。したがつて、本件処分及びこれに基づく工事の施工によつて原告らの権利ないし法律上の利益が侵害されたことはなく、原告らには本訴の当事者適格はない。

三  本案前の主張に対する原告らの認否及び主張

1  訴えの利益について

(一) 被告らの本案前の主張1(訴えの利益の欠缺)(一)(1)のうち、本件用途変更のために建築基準法上必要とされる工事が、三階の一三の宿泊室について各一個の非常用照明を設置することのみであること及び同(一)(3)の事実は否認し、同(一)(2)、(4)及び同(二)の主張は争う。

(二) 本件用途変更のために法律上必要な工事は、三階の一三戸の宿泊室の非常用照明の設置工事のほか次の(1)、(2)がある。したがつて、本件処分に関連する工事は完了しておらず、原告らには訴えの利益がある。

(1) 消防法一七条に適合した屋内消火栓の非常電源及び非常誘導灯の設置

(2) 本件建物の地下一階の洗濯室、一階の管理事務室、食堂及び喫茶室等について建築基準法施行令一二六条の四で必要とされる非常用照明の工事

(三) また、訴外会社において本件建物でのホテル営業許可を適法に取得するためには、その前提として本件建物の用途変更が必要である(その後に初めてホテル営業許可が下りる。)。もし、ホテル営業許可が下りて、訴外会社がホテル営業を始めれば、原告らは重大な火災の危険にさらされるから、右ホテル営業許可の不可欠の前提である本件処分の取消しを求める法律上の利益がある。

2  原告適格について

本件処分は、訴外会社の専有部分のみならず原告らを含む区分所有者全員の共用部分までその対象としていること、そのうえ、前記のとおり訴外会社が本件処分を前提として本件建物においてホテル営業をすれば、原告らは重大な火災の危険にさらされること、一方、建築基準法、消防法等の規定は、このような原告らの危険、不利益をさけるために具体的個別的にその権利、利益を保護しているものであることに鑑みれば、原告らには本訴の当事者適格がある。

四  請求原因に対する認否及び抗弁等

1  認否

請求原因1(一)は、本件建物が川鉄物産株式会社の所有であつた事実を認め、その余の事実は不知、同(二)の事実は不知。

同2、3の各事実は認める。

同4(一)の事実のうち、原告関本及び吉中龍治が本件処分を知つた日は不知。その余の事実は認める。同4(二)の事実は認める。

2  抗弁

本件用途変更のために建築基準法及び関係法規上必要な工事としては、前記二1(一)の計一三戸にそれぞれ非常用照明を設置することで足りるものである。

そして、本件処分の内容は前記二1(一)のとおりであるから、本件処分は適法である。

3  原告主張の不服事項(請求原因5及び6)について

(一) 本件処分をするについて原告ら他の区分所有者の承諾の存在は建築基準法上の要件ではない。

(二) 本件処分をなすにあたつて日本橋消防署長の同意を得る必要はあるが、右同意の前提として本件用途変更工事に屋内消火栓の非常電源及び非常誘導灯の追加を内容とする必要はない。

消防法一七条一項は、同法施行令別表第一に掲げる防火対象物の関係者が消防用設備等の設置維持義務を負うことを規定しているが、すでに防火対象物である建築物の用途変更の場合については、同法一七条の三第一項において、原則として変更前の用途に応じた技術上の基準に適合すれば足りるとし、例外として同条二項一ないし四号において同法一七条一項によらなければならない場合を定めている。

本件用途変更は、同法一七条一項の防火対象物である本件建物の一部をホテルに用途変更するものであるから、同法一七条の三第一項により原則として新たな消防用設備の設置は不要であり、例外となる同条の三第二項各号にも該当しないものである。すなわち、同項一ないし三号は本件と関係がないことが明らかであり、四号は変更後の用途が特定防火対象物である場合であるが、本件建物は次のとおりこれに該当しない。

消防法一七条の二第二項四号及び同法施行令三四条の四によると、特定防火対象物とは「百貨店、旅館、病院、地下街、同法施行令別表第一(十六)項イの複合用途防火対象物(同令三四条の四第一項)その他同令同表第一に定める防火対象物のうち多数の者が出入りするものとして同令三四条の四第二項が定めるもの」をいうことになる。そして、本件建物は、共同住宅、事務所及びホテルの用途に供されるものであるから、同法八条一項及び同法施行令一条の二第二項前段により、複合用途防火対象物に該当し、同令別表第一(十六)項イの複合用途防火対象物には、複合用途防火対象物のうち、その一部がホテルの用途に供されているものがこれに該当する旨規定している。しかし、同令一条の二第二項後段によると、一つの用途に供される部分が他の用途に供される部分の従属的な部分を構成すると認められる場合には、その一つの用途は当該他の用途に含まれることになると規定している。

そして、右の従属的な部分か否かの認定にあたつては、消防用設備等の設置に関して通達によつて処理されているところ、昭和五一年四月八日予防部長依命通達によると、ホテル等の「特定用途部分」を含む複合用途防火対象物であつても、(ア)特定用途部分の床面積の合計が、当該防火対象物の延べ面積の一〇パーセント以下であり、かつ、(イ)特定用途部分の床面積の合計が三〇〇平方メートル未満である場合には、特定用途部分は他の用途に供される部分の従属的な部分として取り扱い、同令別表第一(十六)項ロの複合対象物として取り扱うものとし、この場合の床面積の算定にあたつては、共用部分は按分するものとされている(昭和五一年四月八日予防部長通知)。そこで、この算定方法に基づき本件建物について算定すると、ホテルとしての用途に供される部分の床面積は二九七・二五六平方メートルで全体の七・二四パーセントにとどまるから、同部分は、他の共同住宅及び事務所の用途に供される部分の従属的な部分と認められ、この共同住宅及び事務所に含まれることになる。その結果、本件建物は、消防用設備等の設置に関しては、同令別表第一(十六)項イに該当する複合用途防火対象物とはならず、したがつて、前記特定防火対象物とならないのである。

よつて、本件用途変更に伴い消防用設備を追加して設置する必要はないのであり、消防署長の同意は何ら違法ではない。

(三) 建築基準法二条四号によると、「居室」とは、居住、執務、作業、集会、娯楽その他これらに類する目的のために継続的に使用する室をいうものと定められているから、本件建物の地下の各室はこれに該当しない。

次に、一階の管理人室及び喫茶店は、右居室に該当するが、建築基準法三八条には、建設大臣が法令の規定によるものと同等以上の効力があると認める場合の建築設備の特例について定めており、これをうけて建設省告示(昭和四七年一月一三日、建設省告示第三四号)は、非常用照明装置を設けた居室等と同等以上の効力があると認める窓その他の開口部を有する居室等の指定をしている。これを本件についてみると、右一階の管理人室及び喫茶店は、建築基準法施行令一一六条の二第一項一号に該当する窓その他の開口部を有する居室であるとともに、いずれも避難階である一階に存在し、居室の各部分から出口までの距離が三〇メートル以下であり、かつ、避難上支障がないから、右告示の第一に該当することになり、非常用照明装置の設置は不要となるのである。

(四) 訴外会社の用途変更申請に九階及び塔屋の各平面図が添付されていなかつたことは事実である。被告建築主事は、右用途変更申請書に添付されていた各階平面図が、本件建物の建築確認申請書に添付されていた図面と同一の図面を複写したうえ、これに用途変更申請に際して必要な事項を書き入れたものであつたので、九階及び塔屋については、東京都中央区が保存している前記建築確認申請書に添付された当該図面によつて用途変更部分を特定、確認したのである。右取扱いをしたのは、九階の一部(エレベーターホール及び屋内階段室の部分)及び塔屋については本件用途変更の対象となるものの、当該部分については用途変更に伴う工事が予定されていなかつたために、あえてその平面図の追完を求めなかつたものである。仮にこれが形式的には書類の不備であるとしても、これによつて本件処分の効力が違法になるものではない。

(五) 本件用途変更によつてホテルの客室とされた三階の一三室には、それぞれシヤワー設備付きの浴室設備が設置されており、法令の規定に適合した構造を有している。

また、学校長の同意については、都道府県知事等が旅館営業許可処分をする際の要件を定めたものであつて、本件処分の要件とは無関係である。

(六) 被告東京都中央区建築審査会が直接口頭審査を開催せずに本件裁決をしたのは事実であるが、本件裁決に係る口頭審査は、審査請求を受理した当時の審査庁である東京都建築審査会において、被告建築主事及び原告ら代理人らが出席して昭和五七年一二月一四日に開催された。

被告東京都中央区建築審査会は、地方自治法施行令の一部を改正する政令(昭和五七年政令第三〇三号)の施行により、原告らの審査請求につき裁決する権限を有することになり、昭和五八年四月一日行政不服審査法三八条に基づき東京都建築審査会から右口頭審査の記録等必要な書類一切の引継ぎを受けたものである。

五  被告らの主張(前記四3)に対する原告らの反論

1  特定防火対象物の解釈について

(一) 前記四3(二)の被告ら主張の通達は、法的根拠がなく、近代行政手続の基本理念である「法による行政」の精神に反するものであつて、何らの法的拘束力もない。すなわち、同通達の内容は、消防法の根本的要請を全く骨抜きにするものであつて、憲法三一条、二九条、四一条に各違反するとともに、消防法一条、一七条に明白に違反し、所有権者の権利を侵害するものである。したがつて、同通達を根拠にする被告らの主張は失当である。

(二) 少なくとも、被告らの主張する通達の床面積の算定基準には全く合理的根拠はない。ちなみに、本件の場合のホテルへの用途変更範囲は、共用部分(一階玄関、管理人室、地下より屋上までの階段、エレベータ室、二、三階の廊下等)まで含まれているものであつて、そのホテルへと用途変更した部分を更に按分するということは背理である。

(三) したがつて、本件建物は、消防法一七条の二第二項四号及び同法施行令三四条の四にいう特定防火対象物として、同法一七条の三第二項四号に該当し、その結果、同法一七条一項の消防用設備の設置が義務づけられているのである。

2  居室の解釈について

(一) 地下の各室が居室に該当しないとの主張は争う。機械室を除く部屋はいずれも人が作業等を行う部屋であるから、居室である。

(二) 被告ら主張の建設省告示の内容は、建築基準法の規定する用途に応じての非常用照明装置の設置を全く不要とするものであつて、憲法三一条、二九条、四一条及び建築基準法一条、三五条に各違反し無効である。また、同告示は建築基準法三八条には相当しないものである。

(三) 仮に右告示によるものとして、本件建物の一階の居室から出口までの距離が三〇メートル以下であつたとしても、本件建物の場合には非常時の場合に避難者が出口に殺到し容易に避難できないものであるから、避難上支障がないということはできない。

3  洋式浴場設備について

本件用途変更に係るホテル部分一三室に洋式浴場設備があつても、給湯体制の関係で、夜八時から朝七時まで給湯できないから、深夜使用可能な浴場設備を備えたことにならない。

4  口頭審査について

昭和五七年一二月一四日に東京都建築審査会の公開による口頭審査のあつたことは認める。しかし、被告主張の地方自治法施行令の一部改正の政令は実質的に憲法七三条、八二条の精神に反する結果をもたらしている。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1(原告らの区分所有権)(一)の事実のうち、本件建物の七〇九号室及び六〇五号室の前主の点は当事者間に争いがなく、原告関本が本件処分前に右七〇九号室を買い受けたことは、成立に争いのない甲第一号証及び原告関本淑子本人尋問の結果により、また、吉中龍治が同じころ右六〇五号室を買い受けたことは、成立に争いのない甲第二号証及び原告関本淑子本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨により、それぞれ認められる。同1(二)の事実(吉中龍治の相続関係)は、成立に争いのない甲第三号証及び弁論の全趣旨により認められる。

請求原因2及び3の各事実は、当事者間に争いがない。

同4(一)のうち原告関本及び吉中龍治が本件処分を知つた日が昭和五七年二月であることは、原告関本淑子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により認められ、同項のその余の事実及び同4(二)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこでまず、本件処分の取消しの訴えの利益について判断する。

本件処分は、建築基準法八七条、六条に基づく確認申請に対するものであるところ、建築基準法によれば、建築主は、一定の建築物を建築しようとする場合においては、当該工事に着手する前に、その計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例(以下「建築関係法令」という。)の規定に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認(以下「建築確認」という。)を受けなければならず(六条一項)、確認を受けずに工事をすることはできないとされ(六条五項)、工事を完成した場合においては、その旨を建築主事に届け出なければならず(七条一項)、建築主事は、届出に係る建築物及びその敷地が建築関係法令に適合しているかどうかを検査し(七条二項)、それが建築関係法令に適合しているときは、建築主に対し検査済証を交付しなければならないとされている(七条三項)。そして、特定行政庁は、建築基準法又はこれに基づく命令若しくは条例の規定に違反した建築物については、建築主等に対して当該工事の施工の停止を命じ、又は、当該建築物の除去、改築その他右規定に対する違反を是正するために必要な措置をとることを命ずることができるとされている(九条二項)。

これら一連の規定に照らせば、建築確認は、建築基準法六条一項(本件では、さらに同法八七条)の建築物の建築等の工事(本件では、用途変更に伴う工事)が着手される前に、当該建築物の計画が建築関係法令に適合していることを公権的に判断する行為であつて、それを受けなければ右工事をすることができないという法的効果が付与されており、建築関係法令に違反する建築物の出現を未然に防止することを目的としたものということができる。しかしながら、右工事が完了した後における建築主事の検査等は、当該建築物等が建築関係法令に適合しているかどうかを基準とし、同じく特定行政庁の違反是正命令は、当該建築物等が建築基準法並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合しているかどうかを基準とするものであつて、いずれも当該建築物等が建築確認に係る計画どおりのものであるかどうかを基準として判断し、処分をするものではない。したがつて、建築確認の存在は、検査済証の交付を拒否し又は違反是正命令を発する上においてなんら法的障害となるものではなく、建築確認処分の取消しが、検査済証の交付の拒否あるいは違反是正命令の先決関係にあるものでもない。すなわち、建築確認は、これを受けて工事がなされた建築物であつても、それが実体的にも関係法令等にも適合することまで法的に確定する効力を持つものではないのであつて、建築確認の効果は、確認の申請に基づく工事を適法に施工することができることに尽きるというべきである。

そうであれば、当該建築確認申請に基づく工事が完了した後は、同確認を取り消しても既になされた過去の工事がなかつた状態に戻るわけではないから、その取消しにより何らかの法律効果が生ずることはないことに帰着し、当該工事完了後に建築確認の取消しを求める訴えは、その訴えの利益がないことになる(最高裁昭和五九年一〇月二六日第二小法廷判決民集三八巻一〇号一一六九頁参照)。そして、この理は建築基準法八七条に基づく建築物の用途変更についても変わるところはないのであつて、用途変更の確認処分に係る工事が完了した後は、同確認処分の取消しを求める訴えの利益はないものというべきである。

そこで、本件処分の内容となつた用途変更工事の完了の有無についてみるに、被告建築主事本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる乙第一号証の一ないし六(同第一号証の一の官署作成部分の成立は当事者間に争いがない。)、第二号証(受付欄の受付印部分の成立は当事者間に争いがない。)及び昭和五九年三月九日に撮影した本件建物の三階三〇三号室の写真であることが認められる同第三号証並びに弁論の全趣旨によれば、本件処分は、本件建物の三階の一三の部屋(宿泊室)に各一個の非常用照明を設置することのみをその内容とするものであり、同工事は、昭和五六年一〇月二九日の検査済証交付の時までに完了したことが認められる。したがつて、原告らは本件処分の取消しを求める訴えの利益を有しないことになる。

原告らは、本件処分には、本件建物に屋内消火栓の非常電源及び非常誘導灯並びに非常用照明の各工事を内容としていない違法があり、同工事がなされていない以上、原告らに訴えの利益があると主張するが、本件処分に原告ら主張の各工事が遺脱していることが仮に違法であるとしても、本件処分の対象である同工事が完了した後に本件処分を取り消しても、何ら新たな法律効果が発生するものでないことは前記判示のとおりである。

また、原告らは、本件処分により訴外会社がホテル営業許可を受けられることになるので、これを排除するために本件処分の取消しを求める法律上の利益があると主張する。しかし、ホテルの営業許可は、都道府県知事が独自にこれを判断するもの(旅館業法三条、一条)であつて、本件処分が取り消されても、それによつて法律上当然にホテル部分の使用ができなくなるものでないことは前記判示のとおりであるから、原告らの右主張も採用できない。

三  次に、裁決の取消しについての訴えの利益について判断するに、原告らには同裁決の原処分である本件処分について取消しを求める訴えの利益がないことは右のとおりであり、このことは本件処分に係る審査請求についても同断であるから、仮に本件裁決に手続上の瑕疵があつても、結局、同裁決を独自に取り消す法律上の利益を原告らは有しないものである。

四  よつて、本件訴えは、いずれも不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担について、行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本和敏 太田幸夫 塚本伊平)

別紙(物件目録)〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例